Ten Ways to Scream Your Name


君の名前を叫ぶ為の、10の方法








 だって君が濁ってしまうじゃないか



嗚咽を上げる自分に差し伸べられる手

同じ形の


「…構わ…ないで…くれ…」

振り払おうとする手を、難なく捕まえて


「莫迦、顔ぐちゃぐちゃにして言うことじゃねえだろう」

俺と同じ顔で、と、笑いながら、手首を掴むその手は緩められることなく


「…触…るな…」


だって、お前が濁ってしまうじゃないか



内なる黒の病と、彼と

そして黒よりも弱く醜い自分と

狂い始めた世界で


手を放したくなくて

突き放したくて



「カノン」



彼の名を呼び続けた




それは、ずっと昔

まだ二人が一緒にいた頃








 勝手に歩けこっちを見るな



「私のことなど、気にせずとも良い

お前はお前で勝手に歩いてゆけ」


兄離れさせる為と、彼を突き放そうとした



「…サガ」



不安になった彼が自分の名を呼んで

振り返るだろうことを


期待しながら








 烙印が残るべきは私の方だった



裸の胸板に、自分にはない傷痕

海皇から受けたという三つ又鉾の痕は

見慣れても尚、痛々しくて


「…カノン」


(本来なら…

烙印が残るべきは私の方だったのに…)


思わず愛撫の手を止める



「莫迦なこと考えてんじゃねぇ」


俯いた自分の頭上から、口の悪い彼の声

優しいくせに、強がりな台詞


「…お前の所為じゃねぇよ」


溢れる涙を、優しく拭う指



…ああ、どうして私たちは二人なのだろう…


こうして、肌を合わせて

どんなに近くにいても消えることのない

二人の境界線



神よ

どうしてあなたは私たちを

ひとつにお造り下さらなかったのでしょうか


繋ぎ止めようとする体に

撃ち込まれる楔



それは

同じ星の下に生まれて

決してひとつに戻ることのない

私たちの罪の烙印








 途切れ途切れの後悔をつないで



あのときこうすれば良かったとか

こうしたかったのにとか

考え出すと止まらなくなるときがある



途切れ途切れの後悔をつないで

過去の海で、溺れそうになる自分を

救ってくれる、声



「サガ」



私を現実に引き戻して

窒息から甦らせる

接吻づけ



確かに救われているのだ



「サガ」



彼がその名を呼ぶ

ただそれだけで








 適当な記憶じゃ悲しみようがない



「忘れてくれカノン、何もかも」

「何を忘れろと言うんだ」

「何もかも…すべてを」

「何故?」


それは…


思わず、言葉に詰まった




「サガ」


13年間一番忘れたくて忘れなかった名だ

そう呟いて

抱きしめる腕に力を込めた彼が

もう一度耳元で囁いた



「サガ」


お前が忘れて欲しい「すべて」は

すべて、このなかにあると

微笑って




「適当な記憶じゃ悲しみようがないだろう?」



そう、微笑って








 もっと醜い君ならよかったけれど



「どうして、おまえは…」

我ながら滑稽だと思う思いつきに思わず言葉を詰まらせる

それでも

胎内から一緒に過ごしてきた同じ遺伝子の持ち主には続きが分かってしまう


「どうして、俺はこんなに美しいんだろうって?」

莫迦

同じ顔に向かって云う科白じゃねえだろうと

口の端を上げて笑う、その瞳が憎まれ口に似合わず優しくて



鏡のなかの自分とは

全く違う表情を見せる片割れ


お前がもっと醜ければ、こんなに苦しまなくて済んだのだろうか



今更遅いと

自分を黙らせるような彼の接吻けを受けながら

胸のなかで呟く


名前




「カノン」




彼を

こんなに愛さずにいられたなら






 かつての現実はいまや亡霊でしかなく



「サガ」


かつて、そのくちびるから紡ぎ出された声は

ひとつの名前だけを呼んだ



「サガ」


かつて同じ名を呼んだ同じくちびる

比べ物にならないほど、逞しくなった腕




「…カノン」


その腕に接吻けてみる


自分が呼んだ名はかつての現実か

今ここに在る彼か



…何故か胸が痛んだ




かつての現実は

いまや亡霊でしかなく








 なんで幸せなんだろう



「さあ、幸せなんだろうな」


恋人が出来たのだという彼は、調子はどうだとの質問に静かに応えた



「そうか」


良かったな、と云えれば良いのに



「サガ?」


言葉に詰まった自分を気遣って

こちらを覗き込む瞳の


穏やかな海の碧



「…カノン」



大切に想う人が幸せだという今


どうして自分は幸せでいられないのだろう








 知らないでくれ



「カノン…」


真夜中に目が醒めた


「…どうかされましたか?…サガ」


傍らの薔薇が

月明かりに淡い金髪を揺らした



「彼が、どうかしましたか?」

お呼びしましょうか。何か御用なら



そう耳元で囁いて髪を撫でる夜行性の薔薇は

既に答えを知っている



お願いだから知らないでくれ

どうか彼だけは



「…サガ」



再び眠りに墜ちる間際

自分の名を呼ぶ

美しい愛人の掠れた声の悲痛な響きに


かつて

傍らで同じ名を呼んだ


彼を想った








 いまなら言えてしまうなんて



「カノン」


変わりはないか?

元気にしているか?


立て続けに問いかける自分に



「ああ、いつもと変わらんよ」


何気ない調子で返す、電話越しの声


…言葉をなくして…



「…サガ?」


莫迦、泣くなと


困惑の色を滲ませる彼の声で

自分が泣いていることに気づかされる



「カノン」


…お前に逢いたい…



ずっと云えなかったはずの一言が


今なら言えてしまうなんて












2008/5/15, Rei @ Identikal






カノンが大好きで大好きでしょうがないサガの独り言、堂々巡り。

titleは英metal band "FF★F"のalbum title:"Seven Ways to Scream Your Name "(君の名前を叫ぶ為の、7つの方法)より。

file名を「だからかなしい」にしていたので、書き終わるまで10題あることに気づいていませんでした。(←莫迦すぎる)

10個になると語呂が悪いですね…トホホ。

こんなわたしですが、今年も双子のお誕生日をお祝いすることが出来て幸せです。

サガ、カノン、おめでとうございます。

主催者さま、素敵な企画をありがとうございました。


「だからとてもかなしい」お題元:"as far as I know"さまよりお借りしました。



悲しい。哀しい。愛しい。

だ...私なんかに一途では。/ か...君はそこにいればいい。/ ら...なのに私はこうしてのうのうと生きている。/ と...変えてゆこう。変わってゆける。/ て...なんてことだ、君の泣き顔も思い出せない。/ も...醜いこの身をとても晒せず。/ か...彷徨い出て、苛んで、けれど繋いで。/ な...失った。奪った。きっと傷つけたのに。/ し...この矮小な私など。/ い...言葉にできない悲しみを。陳腐な言葉にしてしまえる。