Le Solstice Infertile
L'Elegie ver. Cancer
夏至
汗ばむ淋しさを重ね合わせ
しがみついた背中に爪を立てた
この躯がいつか滅び逝くものならば
いっそ、今壊して
…なあ、俺が居なくなったらどうする?…
躯を起こした山羊座の額に、ひと雫の汗が伝った。
山羊座が動くと未だ繋がったままの場所が引き攣れて、蟹座は荒い息の合間に表情を歪める。
「痛むか?」
「…莫迦、気にするな」
いつもは無頓着な山羊座の気遣いに、思わず顔を背ける。
夏至の夜だった。
日が落ちても気温の下がらない夏の短い夜に、滴る汗で滑る、肌を合わせる。
躯を離すと、吐き出されたばかりの精が滴って、敷布を濡らす。濡れた敷布の不快な感触に、肌がざわついて、注がれた躯の奥が疼いた。
しかし
この精は何も生み出さない
「未だ、足りないか?」
深い溜め息をついた蟹座の傍らで、山羊座が訊ねる。
「さあ?」
悪戯な言い方で応える蟹座は、肯定も否定もしない。
「…お前、子供が欲しいとかは、思ったことねぇの?」
弛緩した躯を怠そうに情人に預けて、蟹座が訊ねた。
「ないな」
急な質問を訝しく思いながらも、山羊座は即座に答えた。
「…ねぇんだな」
「考えても無駄なことだろう」
「そうか…」
繋がったままの下肢を絡ませ、他愛のない寝物語を交わす。風のない夜に、汗ばんだ肌は、吸い付くように馴染んだ。
「…お前が産むのか?」
山羊座がふと、思いついたように訊ねる。
「莫迦、産めるわけねぇだろう」
「だが…」
お前は、女も抱けるじゃないか。
そう言い掛けた山羊座の唇は、腐れ縁の銀髪の男の唇に塞がれた。
「シュラ、もっとくれよ…」
唇を離した後、すぐに甘く強請る声。
「ああ、お前の気が済むまで…」
しがみついた蟹座の腕に、引き寄せられるように重なる、痩せた体躯。
「…うっ…ん…シュラ…」
挿り込んだままの肉棒が再び頭をもたげて、蟹座は堪らずに、喘ぎを洩らす。
シチリアの海辺の町の、大家族に生まれ、弟妹に囲まれて育ったデスマスクは、子供が好きだった。
ピレネーの山村に、流れ者のヒターノと村娘の私生児として生まれ、修道院で育てられたシュラは、家族を知らなかった。
自分に家族を持つ甲斐性はないと云う、シュラは聖闘士になっていなかったら、修道士になるつもりだったという。他人を寄せ付けない山羊座の、禁欲的な人となりが、デスマスクは好きだった。特に、鋼の抑制が外れる、その瞬間が…。
「俺は…罪人だ」
それは、お前が一番知っているはずだろう?
「…ッ…」
細く引き締まった腰を掴んだ腕に、声を詰めた蟹座が触れる。右前腕に、微かに遺る傷痕を、描るように。
(アイオロス…)
突き上げる衝撃で腰がぶつかり合う。肉の擦れ合う快感で途切れる思考のなか、二人の脳裏に浮かんで消える、傷痕に刻まれた名前。
(……)
繋がった躯から、蟹座には彼の、あの人を呼ぶ声が聴こえる。
(いつまで同じことを繰り返すんだろう…)
あの人はもう、いないのに。
「デスマスク…こっちを見ろ」
自分はこちらを見ないくせに、そんなことを云う男。
「…シュ…ラ」
途切れ途切れの声の、詰まったような響きが、分からなければ良いのにと思う。
「…夏至の夜には妖精の力が強まり、妖精の祝祭が催されるという言い伝えがある」
アフロディーテが言っていたことを憶い出したのだと、シュラは呟いた。
「真夏の…夜の…夢…か?」
突かれて思考が揺れる。デスマスクは、朦朧とした意識の中で、曖昧な記憶を辿る。
「ああ…こんな夜に交われば、もしかして…」
冗談とも本気とも取れる、淡々とした口調で、山羊座は言った。
「…莫迦」
ただの寝物語だと、知っているのに。
(シュラ…)
覆い被さる男の髪が頬を撫でる。
蟹座は、手探りにその、汗で滑る艶やかな絹糸を辿り、頭を引き寄せた。
「…泣いているのか?」
果てた後、腕をすり抜けて背中を向けた自分に向けられる声。
(……)
肩で息をしている。泣いてなどいないと否定したかったが、静かに溢れる涙は否定のしようもなく。声を出せば情けない涙声を晒すことになるだろう。
「…シュラ…くれよ」
もっと、俺のなかに。
「…お前が望むなら…」
背中に触れる汗ばんだ手。後ろ手に手を伸ばすと、絡み付いてくる腕。
「シュラ…っ…」
どんなに注がれても孕まない性と、繋がり合ってもひとつになれない躯
汗ばむ肌を擦り合わせて、乾いた絶頂を駆け抜ける、夏の極点
太陽と月に背いて
それでも
どうしても手放したくないものがあったのだ
…なあ、俺が居なくなったらどうする?…
こんなに傍に居ても
そんな簡単なことさえ
俺にはきっと
ずっと分からない
背中合わせの不安と悦びが
波打ちながら胸を突き刺す
いつかこの想いが消えて逝くまで
どうか、溺れさせて
2008/6/11, Rei @ Identikal
"Le Solstice infertile"=「生殖能力のない絶頂、不毛な夏至」
subtitleとテーマは、Shakespeareの"A Midsummer Night's Dream"(夏至の夜の夢)より頂きました。
"L'Elegie ver. Cancer(哀歌/蟹編)"、BGMは「哀歌」作詞・作曲:H井堅でした。
蟹誕開催おめでとうございます。今年も沢山の蟹作品に出会えると思うと、嬉しくて泣きそうです…。
凄い発情期な蟹ですが、山羊座は蟹になら全てを(最後の一滴までv)与える覚悟があると思います(爆)。
主催者さま、素敵な会を開催頂きまして、ありがとうございました★張り切って蟹三昧させて頂きますVv