L'Eclipse Totale
L'Elegie ver. Capricorne
日蝕
逝き場を無くした想いが
光を失って
闇に落ちてゆく
夢のなかで死ぬとき
お前を抱いているのは誰なのか
お前が抱いているのは誰なのか
俺にはきっと
ずっと分からない
「…ハッ…く…は…ッ」
薄闇に浮かび上がる柔らかい銀髪の頭を鷲掴みにして、腰を打ち付ける。喉の奥まで突き刺された肉棒に嘔吐いて、咽せた男の苦しげな呻きが聴こえる。掴んだ髪を引っ張って上を向かせると、月明かりに仄かに紅い光を放つ、銀灰の瞳が、水を讃えていた。
(……)
欲情の波が意識を攫い、脳裏に浮かべるべき言葉を失う。夜の闇に溶ける黒髪の男は、赤い眼の男の喉を、いっそう激しく苛んだ。
「…くっ…」
前触れも無く弾けた性器から、急に飛び出した白濁。
「…かは…く…ッ」
黒髪の男は、咳き込んだ銀髪の男の頭を一旦放し、胸を蹴飛ばすように押し倒した。
「シュラ…ッ…あ、……ラ…!」
汗ばむ肌が濡れた音を立てて擦れ合う。黒髪の男は、掠れた声で名前を呼んだ、腕のなかの腐れ縁の男を、強く引き寄せる。つい先程まで窒息で死ぬような目に遭いながらも、銀髪の男は犯してくる男を、その内部で歓待した。
「…ん…ぁ……!…」
力一杯立てられた短い爪が、背中を滑りながら、薄く皮を剥ぐ。やがて、声を殺して果てた男に髪を引っ張られ、頭を抱き寄せられる。
「…くッ…」
ほどなく、訪れる絶頂。山羊座が黒髪を揺らして男の体内に欲望を吐き出すと、弛緩していた躯が、悦びに震えた。
「…シュラ」
名を呼ばれて視線を向けると、閉じられていた瞳が、開く。その眼には、先程までよりも強い、紅い光が灯っていた。
「…デスマスク…?」
妖しい気配を感じたときには既に、蟹座の手が首に這い、頸動脈の上にひと思いに力を加えられる。
あっという間に、山羊座の意識は遠のいた。
幼い頃母と生き別れ、修道院で育ったシュラは、修道士たちに育てられた。聖母マリア、生母、そして女神。それが、シュラが知る女性の全てで。
そして女神は、シュラが知る唯一の生きた女性だった。
遠のいた意識が戻ってくる。薄らいだ感覚の向こうで、耳の裏に感じる舌の感触。腐れ縁の男が、耳元で、低く囁く。
「なあ…シュラ」
「お前、俺と女神が崖にぶら下がっていたらどうする?」
首筋に顔を埋めて、銀髪の男が訊いた。
「…?…」
朦朧とする黒髪の情人は、応えない。質問の意図を呑み込めない様子を察した男は、首筋に舌を這わせた後、もう一度問うた。
「なあ、俺と女神が崖にぶら下がっていたら、どっちを助ける?」
しばらく考えた後、山羊座は静かに応えた。
「…女神だ」
女神の聖剣に相応しい応えだった。
「…らしいな」
蟹座は首筋から耳の後ろを舐め上がって、最後に顎の付け根を吸った。
「なあ…シュラ…」
「…お前、もし、俺とあの人が崖にぶら下がっていたら…?」
いたら、どうする、とも、訊かない。あの人が誰を指すのかも、云わない。
「……」
少し意識がしっかりしてきた黒髪の男は、応えない。しかし、今度は明らかに、意図を持った沈黙で。
「…そうか」
しがみついていた躯を放した男は、銀髪を翻して顔を背けた。
「…デスマスク…?」
「…何も云うな」
目を逸らしたまま、静かに呟いた蟹座の唇は蒼白だった。
何度抱いても、抱かれても、瞼の裏から消えない残像があった
太陽がそこにある限り光は消し遂せないように
覆い隠そうとしても、長くは続かない
それはまるで皆既日蝕のようで
そこに在るはずの光は
眩しくて見えない
この病に名前があれば
楽になれるのか
「…俺は、未だ…何も応えちゃいない…ッ…」
そう云った山羊座の押し殺した悲鳴が、真夏の夜の浅い闇に、空々しく響く。
「…殺…したけれ…ば…殺せ…」
今、お前のその手で…。
「…俺に…るものは…、すべて…お前に…」
…だから、いっそ、その手でこの喉笛を引き裂いてほしいと。
「…莫迦野郎…ッ」
黒髪を揺らして倒れこんだ男の喉仏に掛けられた、情人の、白い親指は震えていた。
夢のなかで死ぬとき
お前を抱いているのは誰なのか
お前が抱いているのは誰なのか
俺にはきっと
ずっと分からない
2008/6/11, Rei @ Identikal
引用:"Lord, I guess I'll never know" writen by Richard Ashcroft(訳はReiの意訳です。)
"L'Elegie ver. Capricorne(哀歌/山羊編)"、BGMは「哀歌」作詞・作曲:H井堅でした。
"L'Eclipse totale"=「皆既日蝕」。今年の8月1日は皆既日食だそうです。
蟹誕開催おめでとうございます。今年も蟹誕で皆さまの素敵な作品にお会い出来ると思うと嬉しくて走り出してしまいそうです。
(走りすぎて暗いものになってしまいましたが…)
衝動的で恐ろしげな山羊座ですが、「愛は惜しみなく与える」彼は蟹座になら全てを与える覚悟があると思います。
主催者さま、素敵な会を開催頂きまして、ありがとうございました。蟹三昧させて頂きますVv