致命傷
今年もこうして、この日が来て、
彼のことを、思い出さずにはいられなくなる。
…あれから何年も…
彼の生まれた日だというのに、思い出すのは、
彼が死んだ、
あの日のことばかりだ。
ち ちがい、すれちがい、ゆくさきのちがい
違いを理解出来ず、恐れて、受け入れられなかったわたしは、きっと子どもだったのだろう。
笑えないわたしの代わりに笑い飛ばす
他愛のない冗談も
嘘まみれの微笑みに返される
愚直なほどの言葉も
何もかも
不気味に思えて
怖かった
君が
どこかいなくなってしまえば良いと
そう思ったのだ
め 目で追う、けれども、脚は動かなかった
あの日
手負いのまま逃げる彼を
救わなければと思った
この人を失ったら
自分は
そんな言葉が頭の中心に湧いて
彼は
自分が粛清した逆賊で
怖れる理由なんてなかった
救う理由もない、その代わりに
夢中で
血塗れの後ろ姿を目で追った
けれども
脚は動かなかった
い いたいほどにあなたはただしい
「彼を頼むよ」
どんな脈絡だったかは忘れたが、確かにあの人はそう云った。
「彼はああ見えて、とても脆いから」
俺の知ったことじゃないと、突っぱねた俺に、
彼は笑って。
「君は、決して彼を見殺しにはしないだろう」
きっと守ってくれると信じているよ。
そう云って、
あの人は笑ったんだ。
あれから何年も経って、
身長も歳も、彼を追い越した。
それでも、
俺の腕はまだ記憶のなかのあの人よりも、
細いままで。
あいつは今でも、
あの人を忘れないままで。
俺は、
いつの間にかあいつを、
好きになっていた。
守ることは出来なくても、
見殺しには出来ない、
あいつのそばでずっと。
思い知らされるよ。
なあ?
いたいくらいにあなたはただしい
ああ、
願わくは彼にあなたを戻して。
彼からあなたを奪い取ることが出来ないのなら。
し 失望はしたけれど、絶望はできませんでした
黄道十二星座は太陽の通り道にあって、
十二宮は黄道を12等分したものだと、あなたが教えてくれた。
嘘だと思った。
あのとき、
あなたの存在は大きすぎて、
十二宮は12等分なんかじゃないと本気で思っていた。
あなたはむしろ、
俺にとっては太陽で。
俺は、
あなたの軌跡から外れないようにすることで、
ここを守ってゆけるような
そんな気がしていた。
今年もあなたの星座の季節が来るよ。
あなたを失って、
悲しくて、
声が出なくなって、
目の前が、
真っ暗になったこともあった。
それでも、
あいつが傍にいてくれたから、
生き延びられたと思う。
兄さん、
あなたに会えなくなって。
それでも、
決して不幸ではなかった。
俺は、
失望はしたけれど、絶望はできなかったよ。
よ 悦びからも、哀しみからも、わたしは自由になる
奴のことを、そんなに知っていたわけではなかった。
遠目に見ても分かる程度のことしか知らない。
いつも、
笑っているように見えて、
ふとした拍子にこちらがはっとするほど、
鋭い眼をした。
「もう、こんな季節か」
もう直、あいつの星座が来る。
風が冷える、夕暮れ前。
いつの間にか色づいた木の葉が風に舞うのを、日の光が描き出した。
木枯らしに鳴く葉の音が、笑っているようで。
ふと、あいつのことを憶った。
「悦びからも、哀しみからも、わたしは自由になる」
殺された夜にも、彼はそうやって笑ったのかもしれないと、
何故かそう思った。
う 嘘になってしまった、沢山のこと
秋の、冷たい雨が降って、
庭の薔薇が雫に濡れていた。
風が、雫を揺らす。
そうして、
何故か、
その翼で風を起こしては薔薇を台無しにした、
あの人を思い出した。
花ごと雫を吹き飛ばして、
決まりが悪そうに「ごめんね」と笑った
あの人を思い出した。
忘れていたのだ。
自分のなかに、
こんな想いが眠っていたことを。
あの人の笑顔や、
大きな手、
わたしを呼ぶ声。
抱えてくれた温もりさえも、忘れて。
あの人を、
確かに好きだったのに。
自分にとって正しかったものを守るために、
あの人を好きだった気持ちごと、
あの人を消して。
嘘になってしまった、沢山のこと。
それを思い出すことが、
罪の記憶と、背中合わせでも。
思い出せて良かった。
あなたを。
沢山の大切な思い出が、
嘘のままにならなくて良かった。
庭では、
冷たい雨は止んで。
一陣の風が、雫を払った。
今でも、
無性にあなたに会いたくなるよ。
特に、
こんな季節には。
お誕生日おめでとう。
今夜くらいはあなたと、夢で笑い合えたらいい。
2007/11/25 Rei @ Identikal
お題の"as far as I know"さまより、お題「致命傷」をお借りしました。
思ったより長くなってしまいました。
みんなが「何故か」アイオロスを思い出すという、超無理矢理設定。