Hairy Virgin




 「オレンジ・リキュールはグラン・マルニエが良いなv」

夜の天蠍宮のキッチンで、愛蠍の為にカクテルを調合中のカノンに、蠍は強請った。因みに、今回ベースに使用したスピリッツは、アルデバランのブラジル土産の白いラム酒、カシャーサである。

「おい、俺がコアントローを手に持っているのを見ながら云うな!バカ蠍…」

そもそも、お前にキュラソーの選り好みは十年早いわ!と言いつつ、コアントローの蓋を閉めて棚に戻す甘いカノン。因みに、このグラン・マルニエは蠍の水瓶座の愛人の、フランス土産なのだが。

「ありがとvvついでに林檎ジュースは多めで宜しく〜」

蠍の手の中のグラスに、大まかにメジャーで量ったジュースを注ぎ、カノンはクリスタルのマドラーで、丁寧にかき混ぜてやった。これから一戦やらかすことを前提にしている今、シェイカーは洗うのが面倒なので、使わないらしい。




 「これは何?」

マドラーを置いて自分の飲み物を手に取り、口を付けようとしていたカノンに蠍が訊く。

「ああ、アードベッグだ」

カノンは答えた。この、スコットランドのアイラ島原産のシングルモルト・ウイスキーは、ラダマンティスのところに居候していた際に教えてもらって以来、カノンの一番のお気に入りだった。勿論、今呑んでいるこの瓶も、件の冥闘士からの貢ぎ物である。



 「うわ、、すごい匂い…」

「この匂いが良いんじゃないか」

まあ、子供には分からんだろうがな。カノンは言うと、手に持ったグラスに口をつけようとした。揺れるグラスからはピートの芳しい香りが立ち上る。と、そのとき。



 「くそ〜、俺にも飲ませろよ!」

子供扱いされることに過敏になっている蠍が、グラスに右手を伸ばしたのだ。勿論、自分のグラスも左手に持ったままで。

「うわ、何するバカ蠍!」

不意を突かれたカノンは、うわっ!と声を上げたが後の祭り。



 「そもそもお前は、何枚俺のシャツを駄目にすれば気が済むんだ!」

シャツを脱ぎながら恨めしそうにカノンは言った。水割りならともかく、ロックのシングルモルトが白いシャツをに淡い染みを広げていた。しかしそもそも、このシャツ自体、ラダマンティスからの貢ぎ物なのだが。

「ごめんなさい…」

俯いて謝った後、視線を上げるミロの眼に、シャツを脱いだカノンの、裸の背中が映る。



 「…カノン、何これ?」

「ああ?」

しばしの沈黙の後突然のミロの質問に、カノンはしまった、という表情をした。

「歯型が…。背中、噛み疵だらけじゃないか」

「…ああ、それか」

そう、カノンはこんな明るいところでミロに背中を見せるのは初めてだったのだ。


 「…どう、したの?」

ミロは動揺してくらい声色で訊ねた後、…犬?と悪戯そうな声でからかってみせた。


 「…昔の男だ」

いくら何でも背中を犬に咬まれるやつはいないだろう。嘘の嫌いなカノンは、正直に答えた。

「そう、だよな…」

ミロは、静かに言って、そのまま押し黙った。



 「…疵ものは厭か?」

沈黙を遮って、カノンは蠍の方に向き直ると、もう一度俯いた蠍の蜂蜜色の髪に、ふわり、と触れた。

「ばぁか」

そんなわけねーだろ。蠍は、そう言うと、顔を上げた。

「なぁ…俺、大事にするから…」

お前のこと、大事にするから…。だから、一緒にいて。そう口にする代わりに、蠍は左手のグラスからカノンに作ってもらったカクテルを口に含んで、右手でカノンの頭を引き寄せた。




 天蠍宮の天窓からは、満天の星。



 星を統べる、十二宮の空は晴れ。



 二人は、無言でくちびるを重ねて。



 息を継ぐ僅かな合間に、喉仏が上下する、微かな音が聞こえた。








2008/7/7, Rei @ Identikal




Hairy Virgin : " rum, orange liqueur, and apple juice"

CointreauとGrand Marnierは大手のホワイト・キュラソー("Curaçao"、orange liqueurの別称)の銘柄です。

「毛深い処女」というえげつない名前で選ばれたネタ用カクテル(林檎風味)がこんなことに…!

七夕、ということで多少の甘々も多めにみて頂けると幸いです。