En hiver froid,


ふゆのひにおもう






その哀しみを知ってなお


 今更のように、腹を割って話したいと申し出た少年はおそらく、助けを求めていた。


 「あの人の追討に彼を遣わすなど、洒落た真似を…」

残酷な仕打ちだと、非難する気は全くなかった。

「…そうだな。…余りの好采配に、目を覆うばかりだ」

客人は、自嘲気味に嗤い声を立てた。



 処女宮には、隣の宮から二つの小宇宙が、流れ込んでいた。



 「お熱いねぇ」

少しの沈黙の後、客人が呟いた。

「…結構なことだな」

無防備な幼馴染みから溢れる、幸せそうな小宇宙を感じて、胸が痛む。

「ああ」

溜め息まじりにそう云って、蟹座は続けた。

「末永く仲良くしてもらいたいもんだな」

あいつが救われるなら。その言葉は余りに淡々としていて。自分の力を持ってしても、漂う小宇宙からは何の感情も読み取れない。



 (神にもっとも近い男なんて、嘘っぱちだ…)



 少しも似てなどいない、あの人の弟からの太陽の匂いに、救いを求めずにはいられない。彼の、哀しみを知ってなお。


 憐れみのひと欠片も与えられなくて。








永眠の意味を覚えた日


 「ねえ、シュラ…やっと分かったよ」


 風邪をこじらせたのだという獅子座は、寝台の上で、痰の絡んだ擦れた声でこちらの瞳を真っ直ぐに見、熱い体を山羊座の冷たい手に押し付けた。



 「どうした…?」



 「死ぬっていうのは、こうして触れたり、抱き合ったり、出来なくなることなんだね…」

山羊座の腕のなかに凭れたまま、獅子座は云った。変声期を終えたばかりの、不安定な喉が、痛々しかった。


 「…そうだな」

同じ金茶の巻き毛に触れながら、違う声を聞く。上の空で相槌を打ちながら、既に帰らぬ人となった、あの人を想い出した。








沈黙の夜にも雪は降る



 遠征という名の殺人旅行から帰った蟹座は、人気のない自宮に着くと、気味の悪い程静かなそこに、戦利品の新しい死顔を飾った。


 少年が独り暮らすには広すぎる居間は、暖炉に火を入れてもひどく、寒々しい。


 「冷えるぜ…畜生」


 寒さで冴えた感覚に、隣の宮から、睦み合う二人の小宇宙が流れ込んできて、突き刺さるようだった。



 こんな静かな夜には、雪の降る気配さえ、欲しくないのに。








朝の訪れと共に死す



 「このまま死んでしまっても良いな…」


腕のなかの獅子座が、ふと、そう呟いたことがあった。


 「……」


 明け方の微睡みから漸く醒めた自分は、気の利いた言葉ひとつ返せず。


 「…ねえ、シュラ…一緒に死んでくれる…?」


 こちらを見つめる瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。



「……」



 世界が、凍りついたような気がした。



 「嘘だよ…」


 何も云えない自分に、呆れたように笑って、少年は腕のなかで、金茶の睫毛を伏せた。








汚れなき白に落つ涙



 朝目覚めると、隣に居たはず温もりがはそこになかった。


 「アイオリア…?」


 山羊座がその影を探すと、病み上がりの獅子座は、獅子宮の庭先で、珍しく降り積もった雪と、戯れていた。


 「シュラ、ほら、雪だよ…珍しいね…」

俯いたまま雪を弄ぶ、少年の肩は、震えていた。


 「…そうだな」

風邪を引くぞ、そんな薄着で。そう言って嗜めるつもりで抱き寄せた腕を、振り払われた。目の前の金茶色の髪から、はらはらと粉雪が舞い落ちる。



 「もう、終わりにしよう…」



 漸くこちらに向けられた琥珀の瞳から、ひと雫の涙が零れて。


 積もったばかりのまっさらな雪を溶かした。








人魚の命日



 「死者への餞だ」


 緩い朝日に溶けそうな白い花束を持って、隣の宮に住む幼馴染みが突然自分の宮を訪れたのは、しんと冷えた寒い冬の明け方だった。



 「…死んだのか?」

侵入者たちが、階の下から攻め上がりつつあることは、小宇宙の動きで、ひしひしと感じていた。

「ああ」

信じがたいことだが。と、花束を片腕に抱え直した魚座は、白い吐息とともに頷く。



 「巻き込んで済まなかったな…君には、つらい想いをさせた…」

「……」

言葉が見つからなかった。



(…否、結局この道を選んだのは、俺なのだ…)



「再会したら、一番に抱いてもらえ」

そう云って、魚座は、弱々しい朝の光のなかで、微笑を浮かべた。








幸せを忘れた頃に



 「何を見ているのだ?」


 階の途中で、苛立った恋人の声に、我に帰る。


 「別に、何も…」

本当に何もないと言い切るには余りにも上の空だった自分の、視線の先に彼が居たことに、傍らの人は気づいてしまっただろうか…。


 「ばか獅子…!」

ぼうっとするでないと詰る恋人の、額に掛かる淡い金髪から覗く双眸は、伏せられたままだった。


 「シャカ…!」

折からの風に泳ぐ淡い金髪と、春の匂い。華奢な手首を引き寄せ、もう一度こっそりと、すれ違った人の方を見た。



 淡い冬の太陽の下、艶やかな黒髪が冷たく、揺らめいていた。








凍結させた感情が溶け出す



 「…!…」


 久しぶりに、彼を見掛けた。いつの間にか並んだ肩がすれ違って思わず、目を背ける。



 (あの冬の日に、すべては終わったのに…)

どんなに忘れようとしても執拗に追いかけてくる、幻影。その姿は、あの日よりも、ますますあの人に似ていて。



 凍りついたはずの記憶が、溢れ出さないように。山羊座は、無意識に足を速めた。








春を恐れた



 もの云わぬ黒い瞳に、沈む哀しみに魅入られていた、あの冬の日。


 肌を刺す寒さがなくなれば、一緒にいる言い訳さえもなくなる気がして。



 春を恐れた。








終焉を前にして



 終焉を前にして、ふとあの人を憶い出した。


 (…たった一人の忘れ形見さえ上手に愛せなかった俺を、あの人は怒るだろうか?)


 否、きっと笑ってくれるさと、先に逝った男の声が、聞こえた気がした。








掻き消された慟哭



 …阿羅耶識…



 自ら命を散らせた恋人を悼む、琥珀の瞳が涙を流していた。



 その慟哭は、すぐに、かき消される。

(泣き顔は少しも、あの人と似ていないな…)

何故か、笑みがこぼれた。



 「先に逝ってる…」



 最後まで自分を生かそうとした男の、声が聞こえる気がした。



 (ああ、俺もすぐに行く…)



 懐かしい、潤んだ琥珀の瞳の前で、山羊座はまた、少し笑った。










2008/12/23, Rei @ Identikal






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お題の"Hazy"さまより、お題「凍て冬」をお借りしました。

山羊さまお誕生日おめでとうございますv

本当に、彼が居なかったらこんなにどっぷり嵌まることもなかったのだと思うと感慨深いです。生まれてきてくれてありがとうvvv

「先に逝った男」の愛を、死ぬ前にひしひし感じてくれていれば良いな、と思いつつ十二宮編(死にネタ注意!)です。

主催者さま、素敵な企画をありがとうございました。期間いっぱい山羊萌えさせて頂きます。