こなゆき
胸に耳を押し当てれば
孤独の声が
聞こえるのか
喜びも悲しみも所詮
虚しく浮かんでは消えて
残るのは孤独だけで
舞い落ちては空に返る
こなゆき
吹きッ晒しの川沿いの道を自転車で疾走する後ろ姿に、置いてきぼりを喰らうまいと歯を食いしばって追いかけるが、凍える手足には力が入らない。
「おい、何でそんなに急いでんだよ!」
向かい風に噛み合わない歯の根をがたがた言わせて、大声を張り上げる。
「 」
目の前を走る彼は一瞬振り返ったが、声は風に遮られた。
「聞こえねぇよ!」
深紫色のダウンジャケットを着込んで、平気で自転車をこぎ続ける男の背中は、徐々に遠ざかる。
「…畜生…」
黒い革ジャン一枚で、すきま風に震える自分を置き去りする男を、恨めしく見つめる頬に額に、冷たい雪のひとひらがふわり、飛んできては溶けてゆく。
「寒ぃよ…」
薄青い冬の空の下、同じように凍えているはずなのに立ち止まらない背中。赤いニット帽を目深にかぶり直して自転車を漕ぐスピードを上げると、体に落ちる、雪の粒も増えた。
次の信号を信号無視で超えて、ようやく次の信号待ちで佇む、彼を見つけた。
「…遅いぞ」
「てめぇこそ、なに急いでんだよ!」
赤いニット帽の所為で際立つ青い唇を震わせたデスマスクに、シュラも漸く気づいた。
「…寒いのか?」
「…ッたり前だろうが!」
今頃気づいたのか、と、驚きを隠せないデスマスクに、シュラは笑いながら自分のマフラーを外した。
「済まんな…これでも着けててくれ」
何気なく首にふわりと巻かれたそれに、残る体温と、アンゴラの手触り。二人の間にはゆっくりと、粉雪が舞っていた。
「…おい、良いのか?」
馴れたその人の匂いに包まれて、ぼうっとなりながらデスマスクが訊くのを待たず、彼の人は信号が変わると同時に自転車を走らせる。
「…放置かよ」
かじかんだ手を握り合って過ごすような、甘い時間には縁がないのは少しさみしかったけれど、黒髪に雪の結晶を飾った彼の横顔は綺麗だったから、それでも良いと思った。
「お前、これだけしか着てなかったのか?」
帰るなり湯を溜め出したシュラにつられてデスマスクが服を脱いでいると、シュラが驚いたように言った。当に本人は、腰履きしたブラックジーンズ一枚で。
「悪ぃか?」
「寒いならもっと着れば良いだろう?」
「イタリアーノは冬でも薄着なんだ!」
「そうか、大変だな…」
(…それだけかよ?)
明らかに適当なシュラの返しに、デスマスクは肩すかしを喰らう。
「先に入ってるから」
ジーンズのベルトを緩めながらバスルームに向かう、背筋の伸びた後ろ姿の、剥き出しの肩を見つめて。
「ああ、すぐ行くわ」
また、追いかける羽目になるんだなとぼんやり思った。
「なあ、シュラ?」
二人で入るとさすがに狭苦しいバスタブで、否応無しに体を密着させて。
「ああ?」
「お前は線が細いから良いよな…」
デスマスクはほぅっと溜め息を吐いた。
「…済まんが、意味が分からん」
「ダウン着てても格好良いもんな…」
全く気にせず話を続けるデスマスク。
「ああ、そういう意味か」
妙に納得したように頷くシュラに、本当に分かってるのかよと心の中で突っ込みを入れながら。
(肩幅広ぇと、着膨れするから嫌なんだよ…ッ)
相方の、筋肉質だけれど華奢な骨格の肩に舌を這わせる。
「…俺は…肩幅が広いのは男らしくて良いと思うが…」
「…おい…ッ」
早速かよ?と、誘ったデスマスクが狼狽える程のタイミングで。シュラは覆い被さる広い肩の隙をついて、手を伸ばした。さりげない殺し文句とともに手業を施されて、デスマスクのものはすぐに形を変える。
「…どうしたい?」
耳元で訊ねるシュラ。少し嬉しそうに。
「…口でシて?」
「…おい…」
思い切り白濁を打ちまけられて、シュラはデスマスクを睨んだ。濡れた黒髪にも所々、白い雫が光って。
「…そんな、怒るなって」
粉雪を纏ったキミが、あんまりキレイだったからさ、と、猫背をますます丸めて、相方の顔に付いた自分の精液を満足げに舐めるデスマスクを。
「…って、ちょっとおい…エロ山羊!」
そう詰られながら、バスタブの縁から引きずり下ろした黒髪の男は、静かな水音を立てて組み敷いた。
分かり合いたいわけじゃない
上辺を撫でるような
些細な言い合いをしながら
同じ時間を生きていたいだけ
風に吹かれて
時に頼りなく揺れて
それでも同じ空を見ている
こなゆき
2008/01/20, Rei @ Identikal
書きながらレ●オ●メンを聴いていたら、耳について離れなくなりました。