Imitation Gold
輝くもの必ずしも金ならず
「なあ、カノン?」
「ああ、何だ?蠍」
この二人の恋人は、いつものように、天蠍宮の居間のソファで、寛いでいた。カノンは新聞を読み、ミロはカノンに膝枕をされて、カノンの整った横顔を眺めている。
「…俺、お前が好きだ」
蠍は言いながら、空色の瞳で、カノンの瞳を見た。深い碧が、海の底のようにかすかに、揺らいでいた。
「ああ」
カノンは、気のない、返事をした。ミロは、お前は俺が好きかと、訊かない。いらぬことだ。
(……)
沈黙。蠍はだんだん恥ずかしくなったのか、少し俯いてしまった。カノンはそんな蠍を、その、柔らかな長い蜂蜜色の髪に、自分の大きな手の指を絡めて、抱き起こす。
「…カノン?」
無言のカノンにミロは名を呼ぶが、それでも返事は無くて、ただ、いつもより強く、強いけれど優しく、抱きすくめられてしまった。
しばらくそのまま沈黙が続いて、いつもだったら接吻が始まるのになあと、蠍はカノンの長い睫毛を眺めながら、カノンの膝の上で抱きしめられたまま、待っている。
「…ミロ」
不意に、髪の毛ごと少々彼の方へ引き寄せられて、耳元で、名を囁かれた。
「…お前は俺を、買いかぶり過ぎだと思うぞ?」
夜、寝台の上で、カノンは言った。まだ今夜は、二人のお愉しみはお預けのままだ。
「…大人の男なんだろ?」
蠍は、カノンのことを大人の男として、素で尊敬している。
(…まだ憶えとったのか…)
思い出しただけでも死んでしまいそうな恥ずかしい台詞で、蠍を口説いたのはカノンの方だった。本当に、彼としてはあんな台詞、なかったことにしたい。
「…ああ、但し、駄目な大人だ。ただのエロ爺だ!」
カノンは、自棄っぱちで答えた。
「そんなこと云うな!」
ミロは云う。カノンがそんな卑屈なことを言うなんて、とっても悲しいのだ。真っ直ぐ目を見据えて、空色の瞳を潤ませている。
「…お前は可愛いやつだよ」
カノンは再び、自分の隣で寝ているミロを転がして引き寄せた。さっき自分がドライヤーを掛けてやった髪が揺れて、ふわり、いつもより湿気を含んだ、あの、日向の香りが広がる。このままこの香りに包まれて、眠りたいと思った。
…エロ爺は今夜は、休業だ。愛しい蠍をただ、抱きしめて眠りたい…
「カノン?…しないのか?」
ああ、おバカな蠍…
「輝くもの必ずしも金ならず」
きっと、彼にはこのエロ爺は、輝いていなくても金。
January~February, 2007 Rei @ Identikal