親友が聞いて呆れる
「デスマスク!シュラを知らないか?」
シュラを探していたアフロディーテが、何故か磨羯宮で寛いでいるデスマスクに声を掛けて来た。
「あいつはいねえよ」
蟹座は淡々と、無愛想に応えた。
「大方獅子座のところでも行ってるんじゃねえの?」
「アイオリアのところに?」
何故?と訊ねる魚座に、デスマスクは面倒くさそうに答える。
「何故って、そういうことだろ」
「…知らなかった。…いつの間にそんなことになっていたんだ?」
「知らねぇよ」
俺が訊きてぇくらいだ、と、デスマスクは言わない。
「お前、親友だろうが」
あいつの口数の少なさには呆れるぜ。と言ったデスマスクの軽口に、アフロディーテは黙ってしまった。
山羊座が戻らないので双魚宮に帰ると言うアフロディーテを、デスマスクは磨羯宮の玄関まで見送った。
「…悪ぃな。さっきのは気にするな」
去り際のアフロディーテに、デスマスクは言った。自分も帰ろうかと思うが、外は吹雪いていて、自宮が少し離れたところにあるデスマスクは、帰る気がしない。
(今頃あいつも…)
吹雪で巨蟹宮の隣の宮に足止めを喰らっているのだろうか。ふとそう考えて、獅子座と暖め合うこの宮の主の姿が思い浮かんだ。その光景は余りにも生々しくて。
「寒ぃな…」
自分は、一体ここで何をしているんだろう。
あいつの不在時に、あいつの許可もなく、勝手に上がり込んで。
(でも、耐えらんねぇよ…)
自宮のすぐ隣で、彼があの漆黒の瞳を、他の誰かに向けているのを、感じ取ってしまうなんて。
(…親友が、聞いて呆れる)
毛皮を着た細い背中が吹雪にかき消えるのを見送るデスマスクの脳裏に、アフロディーテに言った一言が蘇る。そして、もっとどうしようもないのは、親友でさえない、自分自身。
「寒ぃな…」
呟いて自分の肩を庇う。そうしていると、無性に誰かに抱かれたくなった。
主のいない居間に戻り、書架の合間に覗く窓から暗い空を見上げる。
(あの人も、あの大広間に、独りでいるのだろうか)
ふと、冷たい玉座に身を潜めた、あの人のことを憶う。そして、本来なら其処にいるべきだった射手座の男のことを、否応無しに思い出した。
吹雪が止んで雪の勢いが治まると、デスマスクは教皇との拝謁に出かけた。次の辞令が出るというので招集されたのだ。
教皇の間の長い冷たい回廊を歩いていると、向こう側から弱々しい足取りでふらふら歩いてくる、毛皮を着た人影が見えた。毛皮の頭巾を間深く被ったその人物は、走って通り過ぎようとしたが、ふらつきで足が覚束かず、終いには観念したように回廊の壁に寄りかかり、自ら被り物を取って顔を晒した。
「アフロディーテ…!」
デスマスクはその名を呼んだ。予想の範疇ではあったが、幾分動揺して声が上ずった。薄い長衣の上に毛皮を引っ掛けたアフロディーテは寒さの為か青ざめて震え、目に見える首筋や腕にかけて幾つもの疵や痣があった。
「おい、お前どうした、そんな格好で」
疵だらけじゃねえか。とデスマスク。訊かれたアフロディーテは蒼白な顔をしていたが、唇を噛んで、真っ直ぐに彼の目を睨んだ。
「シュラには,云うな」
言い訳する前に、口止めするなんて、天晴れだと思う。疲弊しても美しい魚座の聖闘士が沈黙の後漸く放った言葉に、デスマスクは感心した。
「君も、同じ穴の狢だろう?」
引き攣った笑いを浮かべる顔はやはり、ぞっとするほど綺麗で。だが、その棘のある言葉は、只見蕩れることを許さない。
(同じ穴の、狢…?)
何のことを言っているのか。シュラに教皇が偽物だと隠していることか、それともその事実を知るに至った経緯か。
(知って、いるのか…)
同じ立場である自分が気づいているのだ。彼だって、あの人の夜伽をしているのが自分の他にもいると勘づいてもおかしくはない。
(そもそも、俺よりも寧ろこっちの方が頻度はずっと多い訳だし)
十分に敏い方だと思う自分でも驚くほど、この美しい薔薇の聖闘士は感受性が強いのだ。
あの人を殺せと命じたのが、本物の教皇ではなかったと知ったら。
正義の為と信じて、身を切られるような思いで、あの人を伐った痛みが、ただの無駄だったと知ったら、彼は…
(…狂うかもしれない)
「ああ…シュラには隠していよう」
今のまま、何事もなかったように。デスマスクが言うと、安堵したようにアフロディーテは少しだけ表情を和らげたが、その瞳は哀しみの色を讃えたままで。
自分たちは、一番大切なことを隠し続けることでしか、一緒にいられないのだ。
(親友が、聞いて呆れる)
Feb~Mar 2007, revised 2008/3/19, Rei @ Identikal
"fraternite"は訳せば「友愛」。仏蘭西国旗のtricoloreの赤が象徴する言葉です。
もともとは後半部分のdialogueのみでしたが余りにも行間が飛んでいたので書き下ろしてみました。