それで十分だと、思っていた、のに
何度めかの、同意の上とは云えない、無理矢理の行為の後、シュラは拒まなくなった。だからといって、受け入れられているとは云えない。ただ、抵抗するのが面倒くさくなったんだろう。
あいつが、人を傷つけるのを怖れて、抵抗しないのを知ってて、俺は、それを逆手に取っている。悪いとは思っていない。賢い、それだけだ。
血生臭い殺人小旅行から戻ると、真っ先に磨羯宮に駆け込んだ。読書家の主は珍しく家に居て、しばしの平和を居間のソファで、本と分かち合っていた。
無言で、屋根裏のやつの寝室に引っ張り込んで、組み伏せる。目を瞑ると蘇る血塗られた光景が、消えてしまう前に。
苦痛でしかないだろうこの一方的な行為が、終わるまで伏せられたままの双眸。影を落とす長い睫毛。この年頃の男にしては綺麗だと思う、汗ばんだ肌。象牙色の、艶かしい肌理。肌に映える紅のくちびる。濡れた、黒い髪。俺の欲望を打ち込まれて堪える、体。裏腹な悦びを知る、からだ。
もう、逢えないかも知れない。逢えなく、なるかも知れない。
それでも良いと思っていた。
今繋がっている体。視線を伏せたまま、罰を受けるように息を上げる体。
無言の身体。
血と、汗と唾液と、欲望に塗れて、繋がれたからだ。
それで十分だと、思っていた、のに…
「なあ、シュラ…」
名前を呼ばれて視線を上げる、黒い、冷たい瞳。鬱陶しげに、背けられる顔。俺はまた明日の朝から、戦場に戻る。と、云えない。
もう、逢えないかも知れない。逢えなく、なるかも知れない。
だから今、
名を、呼んで欲しい。
February~March, 2007 Rei @ Identikal