喉の小骨、目の中の睫、舌にできた口内炎。そんな存在



 あの人に、こっちを向いて欲しかった。



 訓練を指導してくれる射手座のアイオロスはいつも、強くて、公平に見えた。

「強くあれ、正しくあれ」

…俺には正しさというものがまだ、掴めないでいたけれど。アイオロスの強さは、正しさだと思った。子供心に。


「デスマスク、お前はなかなか強いな。もっと熱心に訓練すればよいものを」

ある日の手合わせ。不真面目なデスマスクに、彼はそう云った。

「へん、やってられっか!!」

舌を出すデスマスク。いつも訓練よりも、早く実戦に出たいと云った。

「お前には、女神に仕える聖闘士の自覚が足らん!!こうしてくれる!!!」

アイオロスは、手加減なしにデスマスクを鍛え(制裁?)、応じるデスマスクはぐんぐん強くなった。



「シュラ、今日も精が出るな」

夕暮れ時、たまたま通り掛かって、居残りで自主訓練していた、生真面目な自分の熱心さを、誉めてくれたあの人。

「俺たちは女神の聖闘士として、強く、正しくあらねばならないからな」

手を取って、励ましてくれた。金茶色の髪が逆光で、きらきら眩しかった。自分より、二周り以上、大きな手。




 誉められるよりも、励まされるよりも、認められたかった。




 さよならを云って階を上るあの人の後ろ姿を立ち尽くして見送りながら、デスマスクを思い浮かべた。




 自分の中のどこかに、何かが、つっかえている。そんな気がした。








February~March, 2007 Rei @ Identikal