「(なんでいつもいるんだよ…)」
仏頂面をしていたかもしれないと、シュラは思う。
夕暮れ時の聖域。鍛錬場から帰る自分と一緒に階を昇っていたアイオロスを、上からのお呼びだと、デスマスクが迎えにきたのはついさっきだった。
「何の用かは知らねぇよ」
年長のアイオロスに向かう不遜な態度。シュラは正直、この同い年の蟹座の少年のことをあまり快く思っていなかった。
「ありがとう、デスマスク」
そんなデスマスクに優しく微笑んだアイオロスを、シュラは見ていた。
「行ってくるよ…」
と言ったアイオロスはシュラの頭を撫で、軽く叩いた。
「…はい」
静かに頷いたシュラの少し汗ばんだ髪を、大きな手が滑り、離れてゆく。シュラはその手を、背を向ける背中を、目で追った。
「……」
シュラがふと我に帰ると、すぐ傍で蟹座が、自分を見ているのに気づいた。
(……)
無言で、何故だか反射的に、顔を背ける。
「お前、なんでいつもいるんだよって、思っているだろう?」
沈黙を決め込む山羊座に、デスマスクは言った。
「そういう運命なんだ。諦めな」
そういう、運命。
デスマスクの云う意味は分からなかったけれど、シュラは、いつかアイオロスに言われた言葉を思い出した。
「女神の聖闘士として、俺たちは…」
「そうだな…」
シュラは静かに瞳をあげてデスマスクを見ると、微かに笑った。
「…おう」
思いがけずシュラが微笑みを浮かべたので、デスマスクは一瞬たじろいだが、すぐに、自分も口の端に笑みを浮かべた。
「じゃあな、お疲れさん」
「…ああ、お疲れ」
また少し微笑った後、もう一度、シュラは階の上、アイオロスの方を見上げた。広い背中は、もう既に遠い。
階を下りようと足を踏み出したデスマスクが、一瞬振り返る。
「……」
振り返ったデスマスクは、シュラの黒い瞳が、遠くなる逞しい背中を、追いかけるのを見ていた。
「……」
漸く視線を感じた山羊座の少年は、無言で蟹座を一瞥した後、幾分不機嫌そうに、無言で、階を上り始めた。蟹座もそれを見て、自分も巨蟹宮に向かおうと、山羊座に背中を向ける。
階の途中でふと気づくと、山並みの向こうに、陽が、沈もうとしていた。
Feb~Mar 2007, revised Apr 2008, Rei @ Identikal