「だから、なんだというのだ。くだらない」




 初めて抱かれた翌朝、巨蟹宮のイタリア男から出された珈琲は、混じりけなしのイタリアンコーヒーであった。

「……」

強い香気に怖じ気づきながら一口飲んで、エスプレッソカップを置いて押し黙る山羊座。蟹座はもう自分の分を半分以上飲み干したところで、山羊座の様子に気づく。


 「…何か入れるか?」

悪ぃ、気づかなくて。言いながら、俯いたままの山羊座の表情を探ろうと覗き込む蟹座は、いつになく世話焼きの風情で。

「…砂糖とミルクを…」

山羊座は小声で応える。

「…済まん。両方切らしてるんだわ」

なら訊くなよ、と思わず突っ込みたくなる台詞を吐いて、蟹座は決まり悪そうにカップの縁をスプーンで鳴らした。


 「あ、そうだ。アレがあるわ」

クリスマス前に買ったやつだが、未だいけるだろう。独りで呟いて台所の方へ消えた蟹座の姿を、山羊座は目を上げて追った。



 (俺は昨日、あいつと…)

後ろ姿の消えた扉の方を見つめながら、シュラは昨日のことを憶う。人と「寝る」というのは、そういう意味なのだろうと、初めて理解した気がする。扉の向こうに消えた背中の感触が、腕に残っている気がした。



 「お待ちどぉさん!」

小さな缶詰め持って再び現れたデスマスクが、シュラの思考を遮った。

「クリスマスに、クッキーを実家に持って帰ったとき使ったんだ」

まだ大丈夫なはずだぜ。と、缶を手渡すデスマスクは、シュラが知っている彼とは、物腰が違っている。

(…彼には、家族がいるのか…)

シュラは、自分たちはお互いのことを、余りにも知らないと気づく。



 「…お前、随分甘いのが好きなんだな」

エスプレッソカップの縁ぎりぎりまで練乳を注いだシュラに、真顔で言うデスマスク。

「…っていうかさ、これ見てると何か思い出さねぇ?」

押し黙るシュラをからかうように、缶の縁についたどろりとした白い液体を自分の指に取り、シュラに舐めさせる。


 「何をする…!」

「うまかった?」

悪戯に笑う蟹座の男。

「お前、本当に甘いのが好きなんだな」

いつもは眉間の皺を絶やさない蟹座がにやついているのが、憎らしい。

「…だから、なんだというのだ」

「いや、可愛いとこあるなあ、と思って」

「……」

シュラはますます何も言えなかった。

「…くだらない」

ようやく呟いた彼の頬は、仄かに赤らんでいた。






Feb~Mar 2007, revised Apr 2008, Rei @ Identikal