La Peau douce
柔らかい肌
その肌は
血の味を知っている
「他人のものだと分かっているものを
恋うことは罪だろうか?」
「そんなに…この腕が好きか?」
片手で中心を弄られて息を上げる。黒髪の少年は、情事の度に右腕の傷痕を執拗に食んでゆく腐れ縁の少年の、月明かりに浮かび上がる銀髪に、顔を埋めながら問うた。
「あの人の遺した傷だ」
乾いた口調で放たれた言葉は、皮肉っぽくも、大真面目にも聞こえた。
「…お前が…そんなにあの人を好きだとは…知らなかっ…」
片手で中心を扱かれ、もう一方の手で内部を責められる。山羊座は、息を詰めた。甘噛みされた右腕が、小さく疼く。
「そうか?…お前には負けるさ」
時には悪戯に歯を立ててみせる蟹座の幼馴染みはそれでも、初めて抱かれた夜から一度も、噛み痕を遺したことがなかった。
「…どういう意味だ…?」
その銀灰の瞳の奥に、「他人のものだから」という遠慮が潜んでいるのを、山羊座は知らない。
「『愛する人を手に掛ける』なんて、よく云うじゃないか」
銀灰の瞳は偽悪的な微笑みを浮かべ、血の気の引いた少年の、内股の肌を撫でた。誰かを傷つけることは、その人を愛した者だけに赦されるのだと嘯く、その手は母のようにやさしい。
(おかしな話だ…)
自分は母に、触れられた記憶さえないのに。
その右腕を自分のものにしたいと、夢中で手を伸ばしたあの頃から、変わらない衝動。ただ、右腕の傷痕を味わいながら、ひとつ、気づいたことがある。
(仕方ねぇんだろ?)
その黒い瞳に、その手の温もりに、失われたあの人の影が、いつも立ち現れることに。
(…敵わねぇんだよ)
どんなに見つめていても、黄金の翼で、その光で、総てかき消されるような、そんな気がするのだ。
「…殺して欲しいのか?」
俺のこの手で。中心を包む手と、内部に挿し入れられたもう一方の手。そこから与えられる快楽に身を任せながらふと、我に帰る。山羊座に漆黒の瞳が、冥い光を浮かべた。
「そうだな、死んでも良いぜ」
(それで俺が、お前のなかであの人と同じくらい、大きな位置を占められるのなら)
蟹座は口に出さず、先程と同じ右手を取って、柔らかな肌を舐め上げた。
「血の味がする…」
戯れに掛けられた言葉に、黒髪の少年は瞳を見瞠いて、顔を強ばらせる。
「……」
「本気にしたか?」
摑んだ右手を引いて、華奢な体を組み敷いた銀髪の少年は、黒い眼に向かい、にっと笑った。
「…殺…すぞ…」
絶頂を迎えようとする黒い眼が、荒い息の下で、睨む。あの最初の夜から、いつもは大して抗わない山羊座がいつになく抵抗を見せるのが、小気味良かった。
「…殺ってみろよ」
弾む息を詰めて、低く囁く。望むところだと、肚のなかで笑って。
「ほら…」
抱かれてやる。
肌を合わせることを、「ひとつになる」だとか、「誰かのものになる」なんて云う。そんな甘ったるい感傷が厭いだった。
(だってほら…)
両手足のゆびで数えて、優に余るくらい体を重ねて夜を過ごしても、少しも満たされない。
(満たされないのは俺なのか、あいつなのか…)
そして、それでも尚、求めてしまうのは何故なのか、知りたかった。
(せめて、あの人の知らない、あの人の欲しがらないあいつが、俺のものになるように)
あいつが、あの人を求めるのと同じように自分を求めないならせめて。自分が求めるように求められてみたいと、思ったのだ。
いつの間にか初夏の短い夜は明け初めて、淡い光のなか、蟹座はいつもより少しだけ満たされた気持ちで、傍らの乱れた黒髪に指を絡めていた。
(「死んでも良い」なんて、熱烈な告白じゃないか)
けれど、今の自分はもっと、この黒い髪の傍で、生きていたいと思う。
「ハニイ、俺、もう少し、生きていても良いかな?」
未だ醒めきらない腕のなかの黒髪に、戯けて囁いた言葉。或る人を殺したい程愛するだとか、愛する人と生きていたいだとか、そんな難しいことは分からなかったけれど、もう少し、傍に居たかった。
「…莫迦、お前までいなくなったら…」
俺は。その続きは、当の山羊座自身にも、分からなかった。ただ、死と云う言葉の響きに、漠然と、あの人を想った。黒い瞳の動揺に何よりも敏感な銀灰の眼は、それを見逃さない。
「やっぱり俺、死んでも良いかも」
なあ、そうしてあの人と肩を並べて、飛んでみようか。
「…勝手にしろ」
…もし右の目があなたをつまずかせるなら
えぐり出して捨ててしまいなさい…
体の一部がなくなっても
全身が地獄に投げ込まれない方がましである
あの日からずっと
あの黒い眼は
あの人の影に、つまづいたままで
…もし、右の手があなたをつまずかせるなら
切り取って捨ててしまいなさい…
体の一部がなくなっても
全身が地獄に落ちない方がましである
聖剣の重みを支えるには不似合いな感じさえもする
すんなりとしなやかな肩
月日を経ても消えない、あの人の遺した傷痕を
あの日、あの人を斬り捨てたあの右手を
あの人の血を吸った、柔らかい肌を
短い夏の夜を貪るように
無性に求めた
2009/7/1, Rei @ Identikal
Reiの☆矢サイトIdentikalへはコチラからどうぞ。
引用:マタイ5.27-30
『柔らかい肌』(“La Peau douce” un film de Francois Truffaut)
主催者さま、蟹誕開催おめでとうございます&ありがとうございますv
デスマスクお誕生日おめでとうvこれからもお茶目な伊達男で居続けてねv
久しぶりに書いたら、時間かかった上に今まで以上に駄作が出来てしまい、とっても悲しいです。
自分でもよく分からない部分があるので、適当に読み飛ばして下さいませ。