さくら
…願はくは花の下にて春死なむ…
霞みゆく意識のなかで
初めて抱かれた
あの日の歌が聴こえた
「泣くなよ」
先に逝ったはずのお前の声が
確かに聴こえた
刹那に散りゆく運命と知って
変わらない想いを今
偽りのない言葉で
移りゆく街はまるで急かすように、冬の色を追い出していく。
聖域では、平和の御陰で無用の長物に成り果てた一対の戦友が、翳り始めた春の陽射しのなか、堕落した休日を過ごしていた。
「願はくは、花の下にて…」
「甦ったばかりだというのにまた死ぬ気か?」
謳うように呟きながら、寝そべって伸びをする腐れ縁の男に、山羊座の聖闘士は冷たい視線をくれた。
「…そんな眼で見なくてもいいじゃねえか」
蟹座の聖闘士は、干したばかりの洗い晒しの敷布を掛けた羽毛布団の上で、自分に冷ややかな視線を注ぐ、漆黒の双眸に問う。
「羽毛が駄目になるだろう」
冷静に応える山羊座の表情からはそれでも、いつの間にか冷たさは姿を消していた。
「…なあ、西行は、何で妻子を捨てたと思う?」
いつの間にか自分も羽毛布団に腰を降ろしている山羊座の傍らで、蟹座が問うた。
「…さあな」
山羊座は考え込んでしまった。彼は、こういうとき咄嗟に機転を利かすのは、得意ではないのだ。
「寝ようぜ」
難しいこと考えずに。蟹座は、まだ考えている様子の傍らの男に手を差し伸べた。
「ああ…」
山羊座が導かれるままに体を横たえようとすると、黒髪が揺れた。
「シュラ…」
その、艶やかな髪に触れようと、思わず手が伸びる昼下がり。一緒に寝ている寝台の為のまだ新しい羽毛布団は、長身の二人が横になっても余るほどの広さで。
「…デスマスク?」
髪を撫でていた手で不意に頭を引き寄せられて、シュラは手の主の名を呼んだ。
「…あいつも、そうだったんじゃねえ?」
耳元で、囁かれる内緒話。きっと、自分たちだけに通じる。
「……」
シュラは、またしても考え込んでしまった。
「…そんなに真剣に考えることじゃねえだろ」
「そうだな」
シュラは、思いついたように相槌を打った。
「彼も、そうだったんだな…」
「……」
余りに確信に満ちた発言に、今度はデスマスクが黙る番だ。
「ま、寝るか…」
「こうして今日も蟹は惰眠を貪る、と…」
「…寧ろ、平和を謳歌していると言って欲しい…」
二人でする遅いシエスタ。あの13年の後、やっと手に入れたささやかな幸福。
二人の戦友は、遠い極東の地に昔、桜を愛して死んだ、一人の元北面の武士に想いを馳せた。
どんなに苦しいときも
一緒だったから
挫けずにいられた
いつか生まれ変わるとき
離れていてもきっとお前には
幸せな未来をと願う
舞い落ちる花びらを浴びて
満開の桜並木の下で手を振り
叫ぶよ
…お前とまた、ここで会えて良かった…
2008/04/05, Rei @ Identikal
引用:「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」西行
「こなゆき」の蟹山羊蟹が自転車で走っていた桜並木に花が満開で、思わず書いてしまいました。
西行がgayだったかどうか…Reiは存じません。ゴメンナサイ。
おつきあい、ありがとうございました。
BGMは「さくら」森山直太朗でした。