Salty Dog




素面で寝られるほど、気の置けない仲ではなかった


実の兄なのに、否、兄だからこそ、消えない緊張感


抱く抱かれるの関係である以前に、既にこれ以上ないくらいの存在で






 「…あ…ッ…カ…ノン…、止めろ…」

グラスの縁の塩を舐めて、そのまま先端を甘噛みすると、沁みるのかサガは、叫びを上げた。

「…だらしないな、サガ」

カノンは美しい顔を歪める兄の痴態を、口の端で笑う。兄の内部には既に彼の指があって、兄の弱いところを、見計らっては圧迫する。サガは、その刺激が欲しくてしょうがないのだけれども、彼の片割れは、簡単には許さない。



 「あ、あ、ううっ…」

ほどなく、双子の兄は執拗な責めに屈する。

「不味いな…」

白濁を飲み込んだカノンは、素っ気なく言い放ち、辱められたサガは、羞恥に頬を染めた。そんな兄を横目に見遣ったカノンは、口直しに、と呟いて、もう一度、枕元のグラスを取った。



 ドライジンの香味が効いた、ソルティ・ドッグ・コリンズ。英国に、知己の冥闘士を訪ねたときに教わったレシピ。カノンは平常のものよりも、ジンの分量が濃いものが好きだった。

「…カノン」

口直しに、と、カクテルを流し込む弟に、未だ本当に欲しいものを与えられていないサガは、濡れた視線を向ける。

「待ってろ、お前にも飲ませてやる」

余裕の笑みを見せて、耳元で囁いた弟の吐息は、ドライジンの香気に混じって、淡いライムの香りがした。




 「腹這いになれ」

優しさのかけらも無い口調で命じる弟に、サガは抗えない。大きく開かれた脚を抑えていた腕が緩められると同時に、サガは寝返りを打った。



 「あ…カノン…ぁ…ん…」

「いやらしいやつ。やる気満々じゃないか」

剥き出しにされた後孔に指を這わせながら、カノンは快楽に身を捩る兄を揶揄った。入り口に触れるだけで、そこは、切なく震えた。


 「欲しいか?」

指一本だけを挿し入れた状態で、カノンは訊いた。欲しくないはずは無い。それを分かっていて。


 「…か…のん」

甘い喘ぎとともに、焦れた後孔は誘うように蠢くが、カノンはまだ、満たしてやるつもりは無い。一旦指を抜いて、もう一度、グラスを手に取った。


 「サガ、喉が渇いただろう?」

「…え?」

直腸の粘膜が、突然外気に晒される。

「…ッ…」

冷たい。叫ぼうとしたが、声が出なかった。

「…美味いか?」

カノンは口のなかの液体を、後孔に吐き出した。

「何…を…?」

冷たい液体に粘膜が冷え、塩分の為か、少しひりひりする。カクテルにしては濃いアルコールの為に、躯が火照った。



 「あ…ああ…あ…ッ…」

欲しかったものを与えられて、サガの性器は悦びの涙を零す。

「塩っぽいだろう?」

善くなるようにとそこに手を伸ばしたカノンは、溢れる雫を掬い取って、兄の口元に運んだ。

「舐めろよ」

「あ、かの…」

有無を云わせず、カノンは自分の右手を、兄の口のなかに突っ込んだ。

「…ッ…」

間違いなく苦しいだろうサガは、口を塞がれて、声が出せない。

「善い…か?」

お構いなしに、カノンは兄が腰を震わすほどの快楽を訴えた部分を、執拗に責める。


 やがて、感極まったサガは、声も封じられたまま、崩れ落ちた。






 「くそ、痛いじゃないか…」

翌朝、教皇宮に出仕したカノンは独りぼやいていた。親指の付け根の、手のひらの膨らみにつけられた鮮やかな歯型が、痛い。噛み痕を中心に周りが紅く腫れていて、経理の主査なのに、パソコンが使えない。

「…仕事にならんな、これは」

仕方がないので、カノンは中庭で、珈琲でも飲もうと席を立った。



 「カノンじゃないか!」

肌寒い空の下、冷える手を珈琲カップで温めながら、カノンが教皇宮の中庭の木陰で休憩していると、中庭に面した回廊から、声が聴こえた。

「…ミロ」

意中の蠍座だった。いつもなら大歓迎だが、今日は怪我のこともあるので、近くに来ないで欲しい。

「何をしている?」

俺はカミュと待ち合わせなのだ。そう言って。カノンの期待を裏切るように、蠍はこちらに駆けて来た。



 「どうした、怪我か?」

そして、まずいことにカノンの傍らに寄って来た蠍は、カノンの手に持った珈琲を覗き込み、右手の、くっきりとした歯型に気づいてしまった。

「ああ、これか…」

「歯型じゃないか」

くそ、とカノンは舌打ちする。

「…ああ、犬に咬まれた」

余りにあからさまな嘘だと分かっていて、カノンはそう云った。カノンは、妙な嘘をつくよりも、度胸試しに明らかな虚構を作り出す方が好きだった。

「…随分でかい犬だな」

訊き直す声は平静だったが、蜂蜜色の髪のしたに見え隠れする、俯いた蠍座の頬は、仄かに色づいているようだった。

「ああ、まあな」

大して親しくない年下の同僚は訝しんでいたが、カノンは涼しい顔で応えた。




 「カノン、来たまえ!訊きたいことがあるのだ!」

そのとき、向こう側の回廊から、経理の同僚である、乙女座の聖闘士がカノンを呼んだ。

「ああ、わかった。今行く」

すぐに言う通りにしないと後が厄介なので、カノンはすぐに乙女座に返事をした。



 「じゃあな」

カノンは、年下の同僚の巻き毛を一房弄んで、中庭を去る。去り際にはらりと頬をくすぐった蜂蜜色の髪は、果実の匂いがした。



 回廊に吸い込まれるカノンの背中を、蠍の空色の瞳は、静かに見送る。

(…誰に噛まれたんだろう?)

胸の奥が、少しだけ痛んだ気がして、奥手な蠍座はそっと、瞳を伏せた。

「ミロ」

と、背後からやって来た紅い髪の幼馴染みの気配にも気づくことなく。




 (動揺していたみたいだな…)

自分の手の噛み痕を見て、蠍座は確かに顔を赤らめていた。

(これは、ひょっとして意外に脈有りなんじゃないか…?)

思ってもみなかったが、あの、歳の割に幼稚な聖闘士は、案外自分を憎からず想っているのかもしれない。カノンは、そんな風に考えながら、大股で回廊を歩いていた。

(…怪我の功名ってやつか)

手を握りしめると右手の噛み疵が疼いて、カノンは昨夜、自分にこの痛む疵痕を遺した、白い背中の主のことを想った。








2008/6/9, Rei @ Identikal




Salty Dog="vodka or gin, grapefruit juice, and a salted rim", Salty Dog Collins="gin, lime juice, and salt"

双子誕のえちゃで話していたことをまとめたらこうなりました。日付はエロに相応しい、ということで微かに捏造です。

荒唐無稽なお話(ほぼ完全な801)ですが、お付き合い、ありがとうございました。