旅人のうた@蟹座男子




男には男の

ふるさとがあるという

女には女の

ふるさとがあるという



なにも持たないのはさすらう者ばかり

どこへ帰るのかも

わからない者ばかり…






 デスマスクは、三途の川の淵で独り膝を抱えて、お気に入りの中島みゆきの歌を口ずさんでいた。

 聖域では目下、休日返上で黄金・白銀・青銅対抗のフットサルのリーグ戦が開催中だ。自他ともに認めるラティーノでカルチオ大好きなデスマスクは、黄金聖闘士の有志からなるフットサルの最強軍団“ゾディアック”の堂々たるピヴォ(FW)である(しかし、スモーカーなので持久力はない)。だが、夏の間、屋外で練習すると皮膚が盛大に赤くただれてしまう、赤ちゃんのような敏感な柔肌の彼は、黒髪のワンマンキャプテン(同僚兼親友)に戦力外通告されたのだ。



 「まじで、女神、頼むから体育館作ってくれよ…」

陽に当たるなの一点張りで、応援・観戦さえ禁止され、やってられるかと切れて聖域を飛び出したものの、デスマスクは、すっかりしょげていた。

(だって、仲間外れだぜ?)

こんな扱いってないだろう?彼は、不貞腐れて自棄っぱちだった。

「…もう、黄金聖闘士辞めようかな」



 と、そのとき、三途の川の向こう側から、大声で叫ぶ声が聞こえてきた。

「お〜い!デスマスクじゃね〜か!」

見ると、暗い空の下、闇に融ける黒髪が、風に靡いていた。

「…アレは」

ガルーダ?と不意打ちで登場した男の影に目を凝らす。果たして、そこにいたのは例の、冥界三巨頭の一人であった。濃いキャラの多い冥闘士のなかでも、自信家だが人懐っこくて取っ付きやすいこの男とは、会えば挨拶以上に話す仲であった。今日も、ここで会ったら百年目、までは行かないまでも、デスマスクに声をかけるや否や、アイアコスは嬉々として三途の川の上空を、黒光りする翼を羽ばたかせて、飛んで来た。




 「なあ、デスマスク、サッカーしようぜ」

座り込んでいたデスマスクのすぐ近くに降り立つなり、アイアコスは言った。

(云うに事欠いてそれかよ…)

また、こいつは…。とたしなめたかったが、この男にしてみればいつものことなので適当に聞き流した。



 「…何、お前サッカーしてぇの?」

デスマスクが訊き返すと、

「してぇ。まじでやりてぇ」

と、割と真剣な表情で答えた。

(してぇとか、やりてぇとか会うなり何なんだよ…)

っていうか、こいつ、欲求不満なんじゃねぇ?デスマスクは、すぐにピンと来た。

「若さ持て余してるな、お前」

よいしょ。デスマスクは立ち上がると、ガルーダのゴツい冥衣の肩に手を乗せて制するように言った。

「ああ、悪ぃか?」

ってゆうか、まじつまんねぇんだもん、冥界。アイアコスは言い終えると、不貞腐れた子供みたいに、くちびるを噛む。

(結構キてるな…)

「…どうかしたのか?」

デスマスクの知っているガルーダは、聖域の黒髪男と違って、元来愛想のいい、朗らかな男なのだ。

「まじ、やってられねぇ」

呟いた唇が、濡れて光るのが、妙に綺麗で、思わずどきりとした。



 「俺、まじ冥闘士辞めようかな…」

「おい…」

やけに話が飛ぶじゃねぇか。デスマスク自身がついさっき口走っていたのと全く同様の台詞。これは、本気で重症らしい。

「俺様が聞いてやる。話してみろっP!」

デスマスクは、確実に不適応を起こしかかっている、この歳の近い冥闘士の腕軽く引いて、もう一度川縁に腰を降ろした。



 「っていうか、そもそも全然良いことがないんだって。ほんと、何か楽しいことねぇかな…」

隣に座って、ほら、何か悩んでるなら話しちまえ!と背を叩くと、アイアコスは漸く口を開いた。

「さぁな。俺以外の黄金聖闘士は今頃、キャッキャとはしゃぎながらフットサルしてるぜ。楽しいんじゃねぇ?」

何割かの皮肉を込めて、デスマスクは言った。

「いいなぁ~お前ら仲良さそうで」

アイアコスが返したのは、意外な言葉だった。

「お前らだって、普通に仲良さそうじゃねぇ?」

技の特性から、冥界に使者に行くことの多い(というか、単にパシらされているだけ)デスマスクは、若く見目の良い冥闘士達が女主人パンドラを囲んでお茶会をしている姿をしばしば目にしていた。


 「あいつらときたら、女子供みたいに軟弱な菓子ばかり食べやがって」

アイアコスと歳の近い同僚達…オーストリア人のミューとドイツ人のクイーンとベルギー人のシルフィードはお菓子通で、ドイツ出身の女主人パンドラのお茶飲み友達として、しばしばお茶会のテーブルを囲んでいるのだ。

「お前は甘いものが嫌いなのか?」

忌々しげに言うアイアコスに、彼自身、甘いものはからきし駄目なデスマスクは、もしや同類?との期待を込めて訊いた。


 「…俺は、ザッハ・トルテよりもチョコレートバーの方が好きなんだ!」

しかし、冥闘士の口から出たのは、期待を裏切る言葉だった。

(あじゃぱ〜!)

それは寧ろ真性の甘党だ。がっかりするデスマスクに、アイアコスは言った。

「大体、ケーキやお茶を楽しみながら談笑なんて、男のすることじゃないだろう」

じゃあ、お前だけ酒にしたら?とは云えない。冥界のお茶会は勤務時間内にあるのだ。

「…大変だな」

デスマスクは、甘いものは嫌いだが、甘党の人間は嫌いではない。「甘いものを食べられないなんて」、と、人生損したような気分にさせられるが、それはそれで良いと思っていた。



 「お前、もしかして、ココアの粉を牛乳でほとばかして、スプーンですくって食べたりするクチか?」

不意に、デスマスクは思いつきで訊いてみた。

「…まじで?なんでばれんの?」

アイアコスは、大きな瞳を、丸く見開いた。

「否、何か心当たりがあったし」




 「サッカーは?」

好きなんだろ?とデスマスクが訊く。

「三巨頭って一応冥闘士のなかでは偉い方だから、軽はずみなことはするなって云われてるし」

何やっても弾けられねぇんだ。楽しくねぇ。と、三巨頭の一人は言った。

「彼女でも作ったらどうだ?」

社会的に発散出来ないエネルギーは、下半身から放出するに限る。とばかりに、デスマスクは提案した。

「出来ねーよ…」

アイアコスは、即座にそう言って嘆息する。そして最後に、ぎゅっと唇を噛んだ。



 (…いるんだな、こいつにも)

二人の脳裏に、白い長髪の男がの面影が、浮かんで消えた。

「そっか、あいつ独占欲強そうだもんな…」

「そんなんじゃねぇよ!」

何の気なしの言葉に、過剰反応。やはりどうやら本気で何かあるらしい。

「図星じゃねぇか?」

「くそぉ〜」

「お前、迂闊すぎ…」

くす、とデスマスクが笑った。

「笑えね〜」

悔しそうに一瞬顔を顰めたアイアコスは、すぐに笑い飛ばした。



 「なあ、頑張ってチーム作れや。お姫ぃさまの取り巻きでも集めて」

延々お茶してるんだ。時間はありそうじゃねぇか。と蟹。

「サッカーの?」

「そうそ」

「そーだな」

アイアコスの表情ふっと緩んで。先程とは違う、柔らかな微笑を見せる。




 見知った男と同じ、深い黒の瞳と、艶やかな黒い髪。違う褐色の肌。

 彼にはあまり見られない、表情。

 そして、同じように、甘いものが好きな…。




 「お前はしょぼくれてるよりも、笑ってる方が良いわ」

(…あいつも、こんな風に笑えば良いのに)

身近な誰かを想い出して、デスマスクは思わず呟く。

「…はぁ?」

若干唐突な褒め言葉に、アイアコスはもう一度、漆黒の瞳を見瞠った。


 「じゃ、俺そろそろ行くわ」

デスマスクは、さっきまで散々恨んでいた同じ黒い眼のあの男に、早く逢いたかった。

「…ああ、ありがと。何かすっきりしたわ」

「そのうち三界対抗の親善試合とか、出来ると良いなあ」

その場合はカノンは聖域と海界、どちらで参加するのだろう?と一瞬疑問も浮かぶが…。

「だな〜〜」

アイアコスが破顔したのを合図に、蟹座のデスマスクは立ち上がった。


 「取りあえず、もうちょい涼しくなったら、練習試合でもしようぜ」

ジーンズの後についた砂埃を払いながら、蟹座は言う。

「ああ、頭数集まったら連絡する!」

手を振るアイアコスは、今まで知っている彼と同じように、笑っている。



 (あいつも、こんな辛気くさい所にいたら、滅入るときもあるだろうな…)

自分と同じ星座で、夏に生まれた彼には、太陽が似合うと思うのに…。彼の空は、いつも冥いのだ。

(ま、傍についてるやつがいれば、大丈夫だろ)



 瞼に焼き付いた、強い光を放つ黒目がちな瞳に誰かを重ねて、口笛を吹きながらデスマスクは、家路を急いだ。








風に追われて消えかける歌を

僕は聞く

風をくぐって

僕は応える

愛よ伝われ

ひとりさすらう旅人にも

愛よ伝われ

ここへ帰れと








2008/7/21 Rei @ Identikal






「旅人のうた」作詞・作曲:中島みゆき

アイアコスさんお誕生日おめでとうございます。大遅刻で本当にごめんなさい(>_<)

蟹とアイアコスがフットサルをしていたら良いなと思いながら書きました。アイアコスは甘党だと可愛いと思いますv