First impression



 「明日の午後に時間が空きそうだがどうだ?」



ドキドキしながら待って丸二日。諦めかけた頃に、俺の携帯は、念願のメールを受信した。

(正直、余りにメールが来ないので、携帯が壊れてる所為にして、買い替えそうだったのは内緒。)


彼はハンドルネームs-d.kannon。俺はmiro.36。メールアドレスも@の前はそのまんま。

何だか安直な感じが、結構似合うんじゃないかとか、思ったりして。


色気も素っ気もないメール一本で、完全に舞い上がってる自分が可笑しかったけれど、背に腹は代えられない。

俺は既に、狼に喰われるのを心待ちにする、子羊と化していたのだ。



 「明日も朝からスタバで勉強してますから、俺はいいですよ。

コンバースのオレンジのワンスター履いてるんで、声掛けて下さい★」


調子に乗って★なんて使っちゃったのは、若気の至りだったかもしれない。

でも、もしかしたら、ワンスターが何か知らない人もいるかもしれないし…。


とりあえず、ぶっちゃけ俺は飢えていた。誰でもいい、早く、早くやりたかったんだ。

そう、人並みに、男同士のHってやつを。






次の日スタバで、俺は開店時間から張り込んでいた。

勿論、浪人中なんで勉強するのは当たり前なんだけど、開店から自習に行くなんて、初めてだった。


ぶっちゃけ、夜眠れなかったから、朝が弱い俺でも来れたっていうか。家で時間が過ぎるのも待ちきれなくて、飛び出ちゃったっていうか。

(もしかして、俺、ぶっちゃけ過ぎ?)



それにしても、その日の午後ほど、時が経つのを遅く感じたことはない。

(午前中は前日の睡眠不足がたたって爆睡…)



 「よお」


一階から二階への階段に、強く西日が射し込み出した、午後三時半。

もう来ないかもと諦めかけた俺の目に、二階席に上がって来るなり軽く手を上げた背の高いオトコのシルエットが映った。


「オマエ、だろ?」


低い、声。近づいて来る彼の顔が見られなくて、下を向く。

近づいてくる彼から、差し出される手。


「え、えっと…」


名前を呼ぼうとして、彼の名前を知らないことに気づいた。


「カノンだ」

「カノン?」

「本名が狩野って言うんだ」

「ああ、だから…」


s-d.kannonっていうのか…ていうか、s-dって何?

なんて考えながら視線を上げた。俺は、言葉を失った。


(か、かっこいい…!!)


涼しげな切れ長の目元に、すっきり通った鼻筋。綺麗な顎。さらさらの髪。

身長も体重も俺の理想をクリアしていると思う。

カノンは期待以上、予想以上、否、もうよくわからないけど、とにかくすごい男前だった。


「オマエ、名前は?」

「み、みろで…す」

「は?」

「美しいに、朗らかで、みろ、て、言います」

「ふうん」


その男前は、俺をじろじろ見た後、さら、と髪をかきあげた。


「…お前、もしかして初めてか?」


単刀直入に。


「…え、あ、はい、そんなもんです」


余りにあっさり訊かれたので、思わず本当のことを答えてしまった。

正確に言うと違うけれど。

でも、実は本番は、本当にやったことはないから。


「そんな感じだな…ま、取りあえず何か奢るしさっさと出ようぜ」


言われるまま、速攻テイクアウトして角に止めてあったカノンの車に向かった。

俺はラテマキアートトール、カノンはエスプレッソで。

本当にどきどきして、若干車が墨汁臭かったのも、全く気にならなかった。




2008/5/14, Rei @ Identikal