Via col vento


風の立つ






光を失った空では

今にも墜ちそうな雲が

風を待っていた


それぞれの胸に

持て余すほどの、冥い星を抱えて








 鍵は持ったのかい、もう私は開けてやれないよ


「もう潮時だ」


苛立ち紛れにあいつに背を向ける度に

俺を引き止める、あの人の声



…鍵は持ったのかい、もう私は開けてやれないよ…



そうだな


失くしてしまうのが怖いからいつまでも

しがみついてるんだ








 全部が過ぎていったとしても、風は君から吹くだろう


「…何も変わらない」

幼馴染みの癒えない傷を持て余す、蟹座の嘆息が、アフロディーテを苛立たせた。


「勝手にするが良いさ」

と、薔薇の主は云った。

「君がいらないなら、私が貰う」

強ち冗談とも思えない、抑えた口調で。

「…莫迦を云うな」

煽られた蟹座は、軽く凄んだ。


「莫迦を云っているのは君の方だろう…?」

覚えていろ。蟹座の牽制など意にも留めず、魚座は云った。

「あの人を忘れない限り、彼は私たちと共にある」

風上の蟹座を見上げて放たれる、気の置けない美貌の幼馴染みの言葉。

「君に出来ないなら、私が引き受ける」

そう、はっきりと。


十二宮の階には、僅かに湿り気を帯びた、秋の風が吹いていた。

「…嵐になりそうだ」

空模様が変わる前に逢いに行きたまえと、突然沈黙を破って、魚座は云った。

「嵐の後には何も、遺らないかもしれない」

ほら早くと、幼馴染みの背を、軽く押して。


 「アフロディーテ…?」

蟹座は思わず、階下の少年を見た。

「それでも…風は君から吹くだろう」

眉ひとつ動かさずに云った幼馴染みの真意は摑めなかったが、その蒼い瞳には、真摯な閑けさがあった。


 (…君は、これ以上ないくらい、よくやっているじゃないか)


そうして二人は、再び背中合わせに、互いの道を急いだ。








 望まないでもないのだと、わかると堕ちてゆけなくて


狎れた指に押し広げられる感覚と

気がつけば止まらない声

首筋を這い上がる、舌の感触

耳障りな音を立てて


…あいしてる…


声にならない声で


耳元で吐き出された言葉に

体が強張る


望まないでもないのだとわかると

堕ちてゆけなくて








 断ち切ったはずのものを、なびかせながら歩いていた


「俺に罪がないなら

どうしてあの人は死んだんだ…?」


彼の聖剣が、あの人を斬ってから十余年


「…アフロディーテ」


女神の統べる世界から

取り残された

私たちは


「俺の為にもどうか…罪人で居させてくれ」


断ち切ったはずのものを

なびかせながら

歩いていた








 包まれながら、吹き抜けてゆこうと思います


合わせた肌の

ささやかな温もりをいつも

求めていた


…大丈夫、もう淋しくないよ…


独りきりで胸が詰まりそうな夜も

目を閉じればいつもあなたが

笑い飛ばしてくれた



「ねえ、兄さん」



嵐が何もかも壊した後だって

本当に

何もなくなる訳じゃない



穏やかな陽射しに

包まれながら

吹き抜けてゆこうと思います










…アイオロス…


祈るように、風の名を呼んだ










2009/10/23, Rei @ Identikal






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ギリシア神話の「アネモイの主」アイオロスは、風を支配する風神です。

今年もロス誕を迎えることが出来て幸せです。主催者さま、ありがとうございました!



お題の"as far as I know"さまより、お題「風の立つ」をお借りしました。


いってらっしゃい、いってきます。

か...ひとりだち。/ ぜ...信じてる。信じなさい。/ の...君も私も、どこかで絶望を待ってたけど、/ た...失った、だなんて。どうしてそんなふうに思ってたんだろう。/ つ...思い出とか、追憶とかより、もっとずっと強いもの。/