Gott ist tot.


カミサマの死んだ日



 

 カノンがミロに永遠の別れを告げて去った、その日の朝。ミロは天蠍宮の寝台で、独りで目を覚ました。傍らに人の温もりは遺っているが、その人はいない。

(もう、行ったのか…)

体に、彼が昨夜自分に与えた体液がまだ、こびり付いていた。


 ふと、玄関先で物音がした。

「カノン!!」

蠍は、裸のまま無我夢中で駆け出した。

「ミロ、いるか?」

だが、扉の向うの声の主は、恋人のものではなかった。蠍は絶望をあらわにしながらも、嬉しいような複雑な気持ちで、親友の名を呼んだ。

「カミュっ…!」



 前日の夜、ミロを宜しくと、後を託しにきた、男のことを思い出す。カミュは、自分を恋しい男かと思って一糸まとわず玄関へ出迎えた、この傷ついた蠍を、寝室に送り届けたところだ。まず、休ませるか、服を着せなければならない。

「ミロ、昨日、やつが…」

カミュは、傍らの蠍に、話し掛ける。

(私のところに来て、私に、お前を宜しく頼むと、男として幸せにしてやってくれと云った…)

なんて、今は云える状況じゃない。

「お前を、愛していると、そう云っていた…」

本当は、照れ屋のカノンはそんなこと、口が裂けても云う訳が無いので、これはカミュの方便、いや、創作だ。だが、我が師はなおも続ける。

「お前と、手を、繋いでいたかったと…」

確かにカノンはカミュに、自分の代わりに蠍と手を繋いでやってくれ、と言った。その為これは半分は本当だが、照れ屋のカノンは自分は手を繋いでやったことがないので、かなり語弊がある。

「…カミュ!」

ミロは感極まって、カミュの胸に顔を埋めたが、男らしさが信条なので、まだ、泣いてはいない。カミュは、ミロが泣かないでいるので余計、取り遺された哀しい蠍の、悲痛な心に触れる気がした。そして、片手はミロの背に回し髪の毛ごと抱き寄せたまま、もう一方の手でミロの片手をとって、手を、握った。

「…泣きたければ泣いてしまった方がいい」

カミュは言った。

「私は此処でこうして、手を、繋いでいるから…」



 ミロは、それからひとしきり、静かに涙を流した。昨日泣いたせいで腫れぼったい目をしていたが、空色の目から流れる涙は、綺麗だった。

「カミュ…」

不意に、カミュの胸でミロは、口を開いた。

「なあ…俺はこれから、どうすれば良いのだろう」

取り乱す風もなく、淡々と、問いかける。

「ミロ…」

カミュは、ミロの瞳を見た。涙を降らせながらも、空色の瞳は、静かだった。



「神さまが、死んだみたいだ…」








January~February, 2007 Rei @ Identikal



"Gott ist tot." : Frierich Nietzscheより「神は死んだ」。

"Die Krankheit zum Tode ist Verzweiflung." : Kirkegaardより「死に至る病とは、絶望である」。