無理はしない。ただ無茶なだけ
聖域一の蔵書家の棲む磨羯宮に、聖域一国語力不足の、蠍が現れた。
「なあシュラ、ちょっといい?」
「お前、そういうことは家に上がり込む前に訊くもんだ」
師弟関係でもある二人だが、友人と言えば友人でもある。
「どうした?」
「あのさあ、借りたい本があるんだ!」
(…!!…)
予想外の言葉に、シュラは動揺する。
「ミロ、お前向きの字が大きくて読みやすい本なら…」
(小さい子供がいる、ムウなんかが持っているかな…?)
シュラはちょっと言葉に詰まった。もともと、そんなに機転の利く方ではない。
「なあシュラ、『パイドロス』って持ってるか?」
「ああ、あるが…」
結局、ミロは喜んで本を借りて行った。
(ああ、そういえば、今朝カノンも本を借りに来ていたな…)
ミロと付き合いだしてからというもの、この手のかかる蠍の世話に追われているカノンが本を借りに来るのは、ほぼ、決まって海底行き前だった。
(……)
山羊座の彼はリアクションが得意ではない。
(…よくわからんが、何かあったら困るからデスマスクに報告しておこう)
3日後、カノンが海底から帰宅すると、天蠍宮のソファではミロが、山羊座に借りたパイドロスを読んでいた。
「おい、お前、本なんか読んでるのか?」
カノンは言いながら、ソファに近づいて来た。
「何読んでるんだ?」
「プラトンの、パイドロス!!」
ミロは元気よく答える。
(おい、正気か?)
カノンはミロの隣まで来て、本の背表紙を見た。
(…パイドロスだ…)
「お前、本ならもっと字が大きくて簡単なのがあるだろう?」
カノンは諭すように言う。
「無理はするなよ?」
ミロはバカなままで十分可愛くて愛しいのだ。
「無理はしてない。読みたいし。ちょっと無茶なだけ。」
「お前の国語力じゃなあ」
カノンはミロの頭を撫でて、ソファの隣に座る。
「で、何て書いてある?」
優しく訊いているようで既に手は、うつぶせに寝そべったミロのベルトを緩めて、ジーンズの中に突っ込まれている。
「…っ…ん〜よくわからん…でも…っ」
抵抗するように、自分の双丘を弄るカノンの手を振りほどいて、ミロはくるりと仰向けになった。
「…カノンは俺のソクラテスだってこと、かな?」
意外にも、微笑みを浮かべている。
「おい、お前俺をあのエロ爺と一緒にする気か?」
カノンは微笑みに抵抗しようと、表情を硬くした。
「…まんまだろ?」
カノンの手はミロのジーンズのジッパーを下ろすところである。
「……」
カノンの手が止まる。
「いいよ、続けろって」
ミロはエロソクラテスに、許しを与える。
「…俺、エロ爺、好きみたいだ…vv」
ミロは両腕を拡げて、覆いかぶさってくるカノンを、抱きしめた。ハニーブロンドが、果実の香りをふわりと漂わせて、カノンの鼻先をくすぐる。
(……)
正直長続きは無理だと思う、この年下の恋人との蜜月。だが、悲観的な理性を以てしても、このいとおしさを自制するのは無理だ。…こいつには敵わない。
(…ああもう、どうにでもしてくれ!)
カノンは自分を抱きしめている怖いもの知らずの蠍座をかき抱いて、祈るように接吻づけた。
January, 2007 Rei @ Identikal